「いえ。李将軍様に御息女はおられません。そもそも、奥方がいらっしゃらないんです」


「え?李将軍あろうとも御方がですか?」


李将軍―李義勇、御年、四十二。


精悍な顔立ちに、偉丈夫な彼は革命の先駆者として、現皇帝とともに名を馳せており、それだけでなくとも、若い頃から多くの武功を立て、名を馳せている。


だというのに、奥方がいないのは珍しい。


「驚かれるのも無理はありませんが、本人たっての希望なのです。彼は……李家は元より、彼の力がなければ、道端の名のなき草に過ぎませんでした。彼の上げた勝機にあやかり、娘を入宮させようと李家の先代などは考えていらっしゃったそうですが、妹君は行方不明に、そして、それに続いてご夫婦は病を得て―……」


亡くなってしまったそうだ。


続いて、家族を失った李将軍。


その苦しみは、翠蓮もよく知っている。


「妹君は先々帝にお嫁ぎになられる予定だったのですか?」


「いいえ。先帝陛下にお嫁ぎになられる予定でした。黎祥様……現皇帝陛下のご兄弟といえど、歳が離れておりますから。彼の妹君と釣り合うのは、先帝陛下だったのです」


黎祥は、まだ若い。


齢二十一だという彼が、二年前に……十九の頃に起こした反乱で先帝を討った際、先帝は齢、三十八であったらしい。


何でも、先帝は先々帝が十六の時の子で、それで計算すると、黎祥は先々帝が三十五の時の子供。


(確か、先帝陛下の母親は今の皇太后で……まだ、ご存命なのよね)


黎祥に、皇后はいない。


今のところ、最高位は貴妃である栄妃だ。


そして、これからの翠蓮の主。


けれど、後宮を収めているのは今現在も、皇太后であると聞く。


「ひとつ、お聞きしたいです」


「何でしょうか」


「……どうして、皇太后は革命の際、罪から逃れられたのですか?」


それは、大きな謎だった。


大声では尋ねられない質問だ。


でも、翠蓮からしたら、不思議でしょうがなかった。