『馬鹿だね、兄上。僕は幸せだったよ。楽しい人生だった』


―どこからだろう。


聞こえた、懐かしい声。


どこを見ても、弟の姿はないけれど。


何故だろう。


涙が溢れてしまうのは。


「っ、らしくないな」


年老いたせいで、涙腺が弱くなったらしい。


忘れられない恋。


忘れられない人。


忘れられない声。


―生きていれば、数多の別れを経験する。


それでも、まだ、生きていようと思うのは、数多の出会いを繰り返すからだ。


「ハハッ、」


祥星は目元を覆って、月を見上げた。


昔、家族で見上げた月を。


父と母と弟と。


そして、彩蝶や翠蘭と。


長年の時を経て、今はひとりで。


「…………変わらないなぁ」


月は変わらない。


何年経っても、そこにある。


笑みは漏れるけど、温かいものは頬を伝う。


―指の隙間から見える月は何故か、泣いていた。