俗に言う、人攫いというやつだ。
身ぐるみを剥がされて、襲われそうになって、心の底から恐怖を覚えたあの日のことだった。
『―女を泣かせるったぁ、どういう了見だ!』
―上に覆いかぶさっていた巨体が、一瞬にして、蹴り飛ばされたのは。
『ゲッ、てめぇは!』
『人んちの庭で、うろちょろすんな』
しっしっと、動物を払うように手を振った彼は愛晶に手を伸ばして、
『大きな戦争があった後、飢えている民の前にその姿を現すったぁ、いい度胸だな?お姫様よ』
その手を、とても力強く握った。
『わ、私……っ』
『何も知らずにこんな所に来るから、そんな目に遭うんだよ。―それで、どこの家のものだって?』
彼は愛晶を起き上がらせた後、面倒くさそうにそう言って。
愛晶は戸惑いながらも、下町を見て回り、学んだ土下座というものを披露してみた。
『なっ、何やってんだよ!お姫様!!』
『―私の名前は、蘇愛晶。……家に、帰りたくないんです。どうか、ここに置いてくれませんか』
慌てる彼に、心より告げる。
『……は?』
気の抜けたような返事が返ってきて、
『何でもやるわ!やったことないけど……努力する。努力は得意なの。だから、どうか……お願いします……』
―何がなんでも、今は家に帰りたくなかった。
帰ったらきっと、お仕置きが待っている。
そして、何も感じられないままじゃ、自分は皇后になれなかったとしても、祥星様の横に肩を並べる資格がない。