「その名前は―……」
聞き覚えのある、名前。
そして、あの日、先帝の部屋で死んでいた女の名前。
翠蓮の方を見ると、彼女は力尽きたように眠っていて。
「…………」
『どうか、あの子に―……』
黎祥は三年前に、彼女の血で染まった右手を眺めて。
「"貴女の幸せを願っている”」
彼女が遺した、言葉を呟く。
あの子の正体がわからず、結局、伝えられず終いだったけど。
「……調べてみる価値がありそうだな」
黎祥は立ち上がり、翠蓮を抱き上げる。
そして、臥台に寝かせ、額に口付けを落とす。
(ようやく手に入れた、愛しい人。それを傷つけないためには……)
翠蓮の書き物用の机の上を見ると、色んな書類が散らばっていて。
触れないように見ていると、殴り書きで色んなことが書いてある。
懸命に、人の命が失われることがないように動く翠蓮。
そんな彼女を愛し、傷つけ、漸くこの手に。
「………………ああ、もしかしたら」
―これらの事件の犯人たちもまた、きっと、誰かを愛していたんだろう。
「―黎祥」
暗闇の中、立ち尽くす人影。
「―……頼んだ」
君は、こんな自分でも愛してくれるだろうか。
君に言えぬことを、多く抱える自分でも。
……失う訳にはいかぬ、最愛の人。