「……恋なんて、しなければ良かった。黎祥のことなんて……愛さなければ……」


翠蓮がそう呟いた瞬間、祥基の体は勝手に動いていた。


自分でも驚く程に勝手に動き、そして、翠蓮の頬を叩いていた。


「しょ、祥基……?」


翠蓮を殴ったことがなかったから、驚いた顔。


頬を押さえて、目を瞬かせる翠蓮。


「愛さなければよかったなんて、言うな」


「……」


翠蓮は目を見開いて。


「お前が辛いということは、あいつも辛いということだろ」


自分一人だけ、逃げるなんて許さない。


そんなんじゃ、黎祥は浮かばれない。


自分の気持ちよりも、翠蓮が守って欲しいと願った国を優先した、あいつの苦渋の決断をこいつは否定しては……後悔してはいけないんだ。


「そんなの……分からないもの。大体、黎祥はいつも、大切なことは言ってくれないし……」


「今の状況では、お前が言わせないようにしてるだけだろ!?」


「……っ、祥基には分からないわよ!」


「ああ、分からないね。ただ、自分の気持ちを口にするだけなのに……まだ訪れてもいない未来ばっかりに怯えて、縮こまっているお前の気持ちなんか、俺がわかるか」


はっきりと返してやると、翠蓮は拳を強く握った。


「…………っ、もう、嫌なの…………」


そして、それを振り上げる。


「信じて、待って、帰ってこなかったお父様の時みたいなことは、もう―……っ」


トン、と、軽く、祥基の胸を殴る翠蓮。


「どうして、黎祥のことが祥基は分かるの……?私は黎祥の考えていることを理解できなくて、苦しいのに……」


繰り返し、殴ってくる。


痛くはない、弱々しい拳。