「まだ、生まれておりませんので」
と、一言添えた。
「生まれてない?……母親は」
「こちらの事情、そして、この行く末を知った上で、こちらに子供を引き渡すと。……翠蓮様でしたら、安心だということです」
「翠蓮を知っている人間なのか?」
「……それは言えませんが、生まれてくる子供は皇家の、淑家の血を継いでおります」
「言えない?……どうして」
その子は血の繋がらなくとも、黎祥の子供となる。
それなのに、その母を知ることさえも叶わぬのか。
「陛下に母のことを話さないこと、名前すら、言わないこと、そして、その子の父親について深く追求しないこと、それが条件でございます」
「名前もダメなのか?」
それでは、礼を尽くせないではないか。
名前だけでも分かれば、何か出来るかもしれないのに。
「……お願いします、陛下」
「……」
「それ以上はお尋ねにならないでください」
母が生きていた頃から、嵐雪は、順家は真っ直ぐに黎祥に仕えてくれていた。
初めてだった。
こんな風に、嵐雪が黎祥の思いを拒絶するのは。
「私を信用しなくなっても構いません。ですが、私はどうしても、その皇子の母の思いを守って差し上げたいのです。翠蓮様にも伝えておりません。どうか、どうか―……」
深く、頭を下げられて、何も言えない。
嵐雪に裏切られたとか、こんなことで思うことも無い。