「え、いや、だって……下町に帰らなくていいの?その……お姉様に会ったあとに」


「どうして?貴女が迷惑というのなら、帰るけど……」


「い、いや……そうじゃなくて……」


貴女の目的は、お姉様に会うこと。


それ以上も以下も、無いんじゃなかったの?


「……ねぇ、翠蓮、貴女、私に言ってくれたでしょう?」


手を握られて、見上げる。


すると、優しい笑顔を浮かべた杏果が、


「貴女が約束を守ってくれる限り、私は貴女を裏切らない。貴女がそう言ってくれたんじゃ無い。命をかけて、貴女を裏切らないって……それなら、私も守るわ。―どうせ、帰る場所もないからね」


どこか擽ったくて、驚かざる得ない言葉に目を見開く。


(何、それ……)


「…………翠蓮?」


(まるで、頼っていいと言われているような)


―ずっと、ずっと、下町で孤独だった時、祥基だって、結凛だって、翠蓮を支えてくれていた。


友達も、仲間も、下町には沢山いた。


でも、ここは後宮で。


「……そんなことを言い返されたの、私、初めて……」


「ええ?」


「っ、」


「泣いてるの?翠蓮……ちょっ、後宮から貴女が出るまでは、仕える心づもりよ?最初から……」


「……っっ、」


嘘と陰謀がひしめく、牢獄、だから……。


仲間なんていないって。


笑いあっていても、信じてはいけないって。


後ろ盾がいても、仕えてくれる侍女がいても、心から信用してしまったら……駄目だって。


(……心のどこかで、ずっと、私、思ってたの)


だから……だから。


―だからね、黎祥。


(私は……貴方から離れたのよ)


知っている。


ちょっとしたことが、命を奪う。


父もそうして、帰らぬ人となった。


(私は……そんな覚悟がなかったの)


黎祥の隣で生きることと、


皇帝陛下の隣で生きることは、全然違う。


貴方の身を盾にしてまで生き延びる人生なら、


要らないって思ったの。