『兄上!翠蓮が、笑ってるよ!!』


すごく、二人につられて幸せそうな顔で。


無知はそれだけ恐ろしく、幸せなのだ。


何も知らないから、真実を知ることも無い。


何も知らないから、苦しみも知らない。


何も知らないから、笑っていられる。


幸せで、いられるんだ。


『ねね、兄上、翠蓮も結婚するのかなぁ?』


食事処の結凛のことを話す、星と「どうだろうな」と、笑いあったあの日に、せめて豹だけでも、外套で全身を隠した人が黎祥だったと気づけていたのなら。


彼女は泣かなかったのだろうか。


苦しむことなく、後宮に足を踏み入れることも無く、下町で笑っていたのだろうか。


果たして、そんな人生が翠蓮の人生として、正しいものだったのだろうか。


「……僕、怖いんだ」


「……」


「また、"孤独”になったらっ、翠蓮、今度こそ……」


涙ぐむ、星の頭を優しく撫でる。


全てを放棄して、上辺だけで笑っていた翠蓮。


いつでも消えてしまいそうで、何度も、その手を握りしめた。


豹は、翠蓮の両親には色々と助けられたから、"あの事”も知っている。


平民でなく、尊い身の上であるはずの翠蓮の両親は心優しく、野心のない人達だった。


そんな人達が、果たして、翠蓮を後宮に送り込むことをしようと考えたことがあっただろうか。


―否、考えたことすらなかっただろう。


あの人たちは間違いなく、書簡のやり取りも制限される、里帰りも容易ではない、陰謀渦巻く危険な場所に、わざわざ娘を送り込むことをするような人達ではなかった。