「治療を始めます。皇帝陛下並びの皆様、ご退出を願います。高淑太妃様はいらっしゃっても構いません。そして―……」


周囲に指示を出していき、翠蓮はテキパキと動く。


時々、黎祥の方を見ては、目をそらす翠蓮。


そして、その目を逸らしたきり、翠蓮が顔を上げることは……いや、黎祥を見ることは無かった。


「陛下、退出致しますよ」


そう言われても、足が動かない。


今すぐ、彼女を攫いたい。


攫って、自分の檻に閉じこめたい。


……叶わぬ夢だと、知っていても。


「……蘭太医、高淑太妃以外の御方は、ご退出願います」


繰り返し、翠蓮は同じことを言った。


「陛下!」


宦官の、必死な呼び掛け。


聞こえている。


分かっている。


それなのに、足は動かない。


「……」


部屋では、香がもうもうと炊かれていた。


彼女はため息をつくと、手始めに、彼女はそれを手に取り、窓の外へ捨てる。


「この香炉は処分してください。今から言うものを、用意して貰えたら助かります」


蘭太医と共に残った数人の侍女が、それに従う。


高淑太妃は布地に織られた経文を手に、秋遠の側から離れない。


そして、やっぱり、翠蓮は一度もこちらを見なかった。


―地に足を縫い付けられたように動かなかった黎祥を、宦官達が無理矢理連れ出すまで。