王太子殿下の花嫁なんてお断りです!

そんな風に思えることができるのなら、ここまで悩んで湖畔に来ることもないのに。どうしてレオはそれを分からないのだろう。ああもう、頭が痛くなりそうだ。

けれど領民であるレオにとっては領主の娘の結婚など、どうでもいいことだろう。興味がないのは当然だ。そう思い直して口を噤む。


「でもお嬢が王太子サマのお嫁さんなんて考えらんねえわ。全然お妃サマっぽくねえもん、お嬢は」


ケラケラ笑うレオにひとつ雷でも落としたいところだが、反論はできない。


オリヴィアは模範的な貴族令嬢などではなかった。

もちろん貴族令嬢に必要なことは叩き込まれた。踊りも、振る舞いも、教養も、教えられたものは全て完璧に身に着けた。

けれどそれだけでは終わらなかった。

時間が空くとこっそり屋敷を抜け出して、領内の森の中や山の中をあちこち駆け回った。沢でびしょ濡れになるほど水を浴びて遊んだこともある。

せっかくの美しいドレスを見るも無惨なほどに泥だらけにしたり、穴をあけたりしたことも数えきれない。

転んで体のあちこちに傷を作っては、その度に侍女達や母が顔を青くしていたのを今でも覚えている。

そうしていつもこう言って叱られた。


あなたはダルトン伯爵家の大切なお嬢様なんですから、と。


しかしいくら怒られても屋敷を抜け出して領地のあちこちを駆け回ることをオリヴィアは止めなかった。

つまるところ、オリヴィアはお転婆なご令嬢だったのだ。

もちろん今はダルトン伯爵家ご令嬢として恥ずかしくない振る舞いをするよう心がけているけれど、お転婆だった過去を振り返れば、自分など王太子殿下の妃には相応しくないだろう。こんな自分が花嫁候補だなんて王太子殿下が可哀そうになるくらいだとオリヴィアは思った。


「……私は嫌なのよ、どこかに嫁ぐなんて。花婿を迎えるのならまだましだけど」