王太子殿下の花嫁なんてお断りです!

その声の主はオリヴィアの隣に腰を落とす。

オリヴィアがちらりと目を向けると、その人物__レオはにっかりと白い歯を見せて笑っている。

彼はオリヴィアと年の近い、この地で暮らす領民の一人だ。

普段は農夫の父を手伝っており、小麦色に日焼けした肌が健康的で、屈託のない笑顔はいつも他の領民を元気づける。オリヴィアも彼の笑顔に救われる、その一人だった。


「なんかあったか? お嬢」


お嬢、というのはオリヴィアのことだ。

領主であるダルトン伯爵に付いていかずにたった一人この地に残ったオリヴィアのことを、領民達は愛好の意を込めて「お嬢」と呼ぶ。

オリヴィア自身も領民から親しみを持たれていると感じられるこの呼び方を気に入っていた。


「レオ、あなたはまた農作業の手伝いを抜け出してきたのね。怒られても知らないわよ」


呆れたと言わんばかりにオリヴィアが横目で見つめると、レオは「休憩だ、休憩」と大声で言い張った。


この畔は、ふたりの秘密基地のようなものだった。何かあったらここへ来る。そうして悩みを打ち明ける。いつの頃からか、それが二人の間の暗黙の了解になっていた。

レオの叶わなかった初恋の話も、オリヴィアの貴族令嬢としての悩みも、誰にも言えないことだって不思議とここでは素直に話せた。身分も考え方も違うけれど、それも厭わないほど心は素直になって言葉が口からついて出てくるのだ。


「領主様が帰ってきたって噂でさ。お嬢がまたいつものように結婚話を持ちかけられて落ち込んでるんじゃないかって思ってな。違ったか?」

「…いつものようになら、まだ良かったのにね」