心配性のメイはやはり何を言っても心配そうで、辺りを見渡しながら様子をうかがっている。


「城はうまく抜け出せましたが、このことが王太子殿下に知られてしまったら、お嬢様が不利な立場になるのではないのですか?」

「確かに、そうかもしれないわね」


勝手に城を抜け出して領地に帰るだなんてことがアーノルドに知られてしまったらどうなるのだろうか。それは想像するだけでとても怖い。


「けれど、私は二度と領地へ戻れなくなることの方がずっと怖いわ」


領地の自然や領民の笑顔がオリヴィアの脳裏を過る。

あの温かさにもう二度と触れることができないと思うと、指先がかじかむように心が震える。オリヴィアにとってとても耐えがたいことだった。


「お嬢様……」

「それに、殿下に嫌われてしまうならそれは好都合よ」


オリヴィアはニッと不敵な笑みを浮かべる。


「私が王城に来た理由は、殿下にこっ酷く嫌われるためだったもの」


そのためにオリヴィアはここに来た。

決してオリヴィアは王太子との結婚を望んでいない。

アーノルドはオリヴィアを婚約者に仕立て上げ、従わなかったら脅すと言った。

その報復は確かに怖くて仕方がない。自分だけではなく領民や領地にまで手を出されたらと思うと怖くてたまらない。

けれど、怯えているだけではいけないのだ。願いを叶えたいのなら、望みを叶えたいのなら、恐れて怯えて立ち止まっている場合ではない。

領地を出る前日、あの秘密の湖畔でレオは言ってくれた。

みんなお嬢が大好きで離れたくない、と。

オリヴィアだって領民を愛している。離れたくない。

それならば、答えは一つだ。

王太子のどんな卑劣な手段にも、領民と共に立ち向かう。優しくてあったかい領民とともに、美しい領地で暮らすという目標を叶えるために戦うのだ。


「ということは、お嬢様は婚約破棄をなさるということですか?」