王太子殿下の花嫁なんてお断りです!

顔を引きつらせて薄い笑みを浮かべるオリヴィアの瞳はこの先の永遠なる不幸しか映さない。まるで星もない夜の闇のようだ。

そんな主になんと声をかければよいのか皆目見当もつかないメイは必死になって考えるが、それより先にオリヴィアは溜め息交じりに言った。


「少し出かけるわ」


飛び出した屋敷の外には広大な自然が広がっている。

木々は日を浴びて煌めき、風はさわさわと草木を優しく撫でて、色鮮やかな花は凛と咲き誇っている。鳥は美しい羽音を響かせ、蝶は美しい花の縁にとまる。

アンスリナの美しい自然は沈んでいたオリヴィアの心に寄り添って温めてくれた。

そんな緑の中でオリヴィアは深呼吸をした。ようやく息が吸える。肺に入っていく新鮮な空気に、オリヴィアの表情は自然と緩んでいく。まるで余計な力がふっと抜けていくみたいだった。

オリヴィアはこの自然が大好きだ。季節ごとに違った景色を見せてくれる、話さなくとも自分を受け入れてくれるアンスリナの自然を心から愛している。

この地の領主である父は、アンスリナのこの美しい自然を退屈でつまらないものだと言ってこの地を離れてしまったが、オリヴィアは大好きなこの土地を離れたくなくてメイとともにこの地に留まって暮らすことを選んだ。

伯爵はオリヴィアの考えを微塵も分かろうとしないが、オリヴィアはそれでいいと思っていた。ただ美しいこの土地での暮らしが続くのなら、伯爵に対してそれ以上は望むまいと思っていた。


それなのに、王太子殿下と見合いだなんて。


あの手紙の内容を思い出しただけで、せっかくの美しい景色もくすんでいくみたいにオリヴィアは落ち込んでしまう。

溜め息をつきながら美しい森を抜け、その先にある湖の畔に腰を落とした。

湖の水は澄んでいて、その色は青空を映したかのような淡い青色だ。湖面は日の光を浴びて、まるで宝石のようにキラキラと輝きを放っている。

その眩しさに目を細めていると、声が聞こえてきた。


「暗い顔して、どうした?」