王太子殿下の花嫁なんてお断りです!

その姿を見つけたオリヴィアは叫び駆け寄ろうとするが、メイが紐をぐいと引き敵わない。


「さて、今から君たち親子は死ぬ。どちらから死んでもらおうかな」


死ぬ、と言われても実感がまるで湧かないとオリヴィアは思った。

至極楽しそうな顔をするリアムに、ダルトン伯爵は「ま、待て!」と制止をした。


「話が違うではないですか、リアム殿下! 領地を手放せば、娘も私の命も助けると仰ったではないですか!」


するとリアムは「あー」と遠くを見つめながら考え事をしているらしかった。

それからもう一度ダルトン伯爵を見つめるとにっこり笑った。


「あんなのに騙されたの? 本当に馬鹿だね」


それを言われたときのダルトン伯爵の悲愴な顔は、娘のオリヴィアには見るに堪えがたい物だった。


「馬鹿な伯爵には少しお仕置きをしようか。もう二度とこんな取り引きに引っかからないように、おいたを受けてもらおう。シュカ、殺すのは娘の方からだ」

「……承知しました」


メイは頭を深く下げる。その中で、ダルトン伯爵は喚くようにして娘の命を乞うた。

けれどその必死の願いもリアムは聞く耳を持たない。


「さあ、君は国の反逆者として死ぬんだよ。その気分はどうだい!?」


そんな挑発的な言葉を聞きながら、オリヴィアは心臓がどきどきと大きな音を立てて心拍していた。

メイは静かな顔をして腰に下げていた剣をすらりと抜いた。剣先が光に反射している。

オリヴィアは不敵な笑みを浮かべながら、リアムを見つめた。


「本当に悪魔みたいな人ね。罪もない人を騙して、反逆者に仕立て上げて、殺す。悪魔よ」

「言い残すことはそれだけ? もういいんだね。さあ、シュカ、殺せ」


殺せと命令されたメイは剣を大きく振り上げた。

ダルトン伯爵は叫び、オリヴィアは目を瞑る。

けれどいつまでたっても痛みはこない。

おそるおそる目を開けると、メイは頭上で剣を振り上げたまま震えていた。


「シュカ、何をしている。早く殺してくれる?」


リアムが声を掛けてもメイは少しも動かない。それどころか手の震えが大きくなっていて、とてもまともに剣を扱えるような状態にない。


「シュカぁ! 忘れたのか! お前の家族は、お前がその親子を殺さなければ死ぬんだよ!
家族が死んでもいいのか!」