王太子殿下の花嫁なんてお断りです!

オリヴィアがゆっくりと顔を上げると、アーノルドの視線とぶつかった。

その目はいつものアーノルドのものとは違った。巫山戯ているわけでも、冗談を言っているわけでもない。真剣そのものだった。


「アーノルド様……なぜ、ですか。なぜ、そのような、まるで恋人のようなことを仰るのですか」


オリヴィアは戸惑って仕方が無かった。

怖がる令嬢を優しく抱きしめ甘い言葉をかけるなど、まるで愛し合う恋人のようなやり取りだ。

オリヴィアとアーノルドは婚約者の立場にはあるものの、そこに愛はない。アーノルドの裏の顔を知ってしまったが故に脅されて強引に作られた契約でしかないのだ。

今回の王女への接待だって、アーノルドにとっては遊びにしか過ぎないのだろう。

それなのにどうして恋人のように抱きしめ優しい声をかけるのか、オリヴィアには分からなかった。


「なぜ、か」


アーノルドは少し考え込むと薄く笑った。それから低い声でゆっくりと言った。


「お前を利用して、近寄ってくる女共を排除したいから」


そして驚いて目を見開くオリヴィアを見ると、面白そうに目を細める。


「なんて答えたらどうする?」

「は…?」

「呆れるか? それとも軽蔑する?」

「……呆れますし軽蔑します」

「おい」

「でも、ありがとうございます」

それからオリヴィアはするりとアーノルドの腕の中から抜け出すと微笑んだ。


「お陰様で、少し気持ちが落ち着きました」


もう心の中に立ち竦んでしまうほどの恐怖はない。

アーノルドの真意は分からない。それでもきっと必ず助けに来てくれる。そんな風に思えるのだ。

微笑まれたアーノルドは呆気にとられていた。目を見開いて固まる。


「アーノルド様?」


オリヴィアが不審に思って呼びかけると「何でもない」と素っ気なく答え、後ろに振り返ると踵を返す。

歩き出すその背中にはオリヴィアはもう一度呼びかけた。


「アーノルド様!」


するとアーノルドは足を止め、首だけ後ろを振り向きオリヴィアを見つめた。


「メリーアンはまだこの城に滞在する。接待は終わっていない。くれぐれも気を付けることだな」


それだけ言い残すと、アーノルドはまた歩き出した。オリヴィアはその背中を見つめていた。