王太子殿下の花嫁なんてお断りです!

メイの出身である、領地の最辺境の地ではいくら耕そうとも作物は育たない。飢えと貧しさ、そして病気に長い間ずっと苦しめられていると言う。

オリヴィアもその現状を何とかしようと領主である父に訴え続けているが、領主の父は気にもとめず、現状が何も変わっていない。たかが令嬢の自分には何もできないことが歯痒かった。

領民の力だけではどうにもできず、そして領主には見向きもされない。メイにとっては一体どれほどの絶望だっただろう。

終わらないその絶望の中でもメイは家族を救うために一人で行動を起こした。たった一人で立ち上がったのだ。


その強さに、オリヴィアは惹かれたのだ。


「あなたの強さを、私は知っている。だから私は、私が憧れたあなたに誇れる私でありたい。あなたのように、願いを、希望を、強く持ち続けていたいの」


メイは目を見開いた。

言葉を失い、口をぽかんと開けている。


「私が、強い……?」


「ええ、そうよ。メイは強い。

私が強いと言うのなら、それはメイ、あなたが教えてくれたことよ」


全てはあの時、メイと出会えたからだとオリヴィアは思った。

幼かったあの日、いつものように屋敷を抜け出して街の中を探索していたとき、市場でばったりと出会ったのだ。

自分と同じくらいの少女だが、街の子どもとはまるで違った。

痩せ細った体、薄汚れた衣服、ぼろぼろなのに目だけは鋭く光っている。

そしてオリヴィアに見つめられていることに気付いたメイが向けたあの目。

全てを警戒しているようで、けれど好機を狙っているようで、まるで獣のようだと思ったことを今でも忘れられない。

初めてだった。

貧しくとも明るく優しさと人情に溢れた領地で、あんなにも荒んだ目を向けられたのは、オリヴィアは初めてだったのだ。

そして「何だ」と言われた。

敵意に満ちたその言葉。そして今にも食ってかからんとするその鋭い目。

あの時の、ぞくりと背筋に走った衝撃は他になんとも言い表せない。

権力や財力、今まで貴族の社会の中で見てきた強さとはかけ離れた、違う種類の強さ。本当の強さは何なのかと、突きつけられたようだった。

自分と同じくらいの年の少女が放つその強さにオリヴィアは目を見開いて視線を逸らすことができなかった。

そしてメイが領地の中心街へやって来た理由を聞いてすぐに思ったのだ。

メイはどんな時でも希望を捨てない。それがメイの強さなのだと。

そして自分もそうなりたいと。


「本当は怖くてたまらない。できるのなら今すぐ帰りたいし、メリーアン王女にだって会いたくもない。けれど、あなたがいれば、私が憧れたあなたが傍にいてくれるのなら、私は強くなれる気がするの」