王太子殿下の花嫁なんてお断りです!

「へえ、それは意外だな。お嬢は結婚が嫌なのかと思ってたけど、花婿はいいんだ。なんで?」

「なんで……って、決まっているじゃない! ここでの暮らしが大好きだからよ!

みんな優しくて、大好きな人達ばかりで、領主の娘である私のこともここで暮らす一人として温かく受け入れてくれる。ここを捨てるくらいなら、私は一生独り身で構わないわ!」


オリヴィアは幼い頃から、森や川だけでなく領民達が暮らしている住宅地にも何度も抜け出した。

領民達は領主の娘であるオリヴィアをまるで自分の娘のように接してくれた。それはオリヴィアの本当の家族よりもよほど温かくて心地よいものだった。

友人同士で温かな冗談を交わすところを初めて聞いた。

母親が赤子を大切そうに抱くのを初めて見た。

屈託のない笑顔をくれる人がいることを初めて知った。

そんな温かさで満ちているこの領地を、嫁ぐという形で出て行かなければならないのはオリヴィアにとって悲しみ以外の何物でもなかった。絶対に避けたいことだったのだ。


「…だから、オレ達はお嬢が大好きなんだよな」


レオはぽつりと呟いた。


「なあ、お嬢。オレ達領民だってお嬢と離れるのはすげえ嫌だよ。なんとかなんねえの? 断ったりできねえの?」

「貴族の子息ならともかく、相手は王族、しかも王太子様なのよ? 無理に決まってるじゃないの。これは縁談という形の命令よ」


王太子様の見合いを断ることは、伯爵も、そして王族も許しはしないだろう。これはもはや拘束だ。そこにオリヴィアの意志など考慮される余地はない。


「見合い相手として王宮に行くしかない。だけど私は絶対に王宮に嫁ぐなんてしたくない。どうしたらいいの…」