* * *
俺、神谷陸は櫻井蓮の元から逃げるように走っていた。十分に距離を取ったところで俺は大きく息を吸い込み、肺に酸素を取り入れた。そのまま空を見上げる。
満月。雲は無く、星は煌きらめく。
俺は公園のベンチに腰を下ろし、買った甘い珈琲を一気にのみ干した。糖分が全身に染み渡り、俺はようやく溜息をついた。
本当は、素直に全てを櫻井に告白するつもりだった。頭では理解しているが、現実は上手くいかない。結局謝るだけ謝って逃げてしまった。俺は大人になった今も、弱虫で卑怯者だ。
けれど、前に進まなくてはいけない。
俺は携帯電話を取り出し、とある人物に電話をかけた。
「もしもし」
「神谷くん? どうしたの」
電話の相手は海愛ちゃん。
櫻井に復讐するため、一度は彼女を利用した。そのせいで彼女を苦しめてしまったことを謝りたい。電話をかけたものの、いざとなると言葉が出なかった。
俺は彼女に己の過去を話すかどうか、迷っていた。
「神谷くん?」
黙り込んでしまった俺を心配する海愛ちゃん。
迷っている場合ではない。俺は、前に進むんだ。彼女に、全てを打ち明けよう。
「海愛ちゃん、今まで本当にごめん。俺は、君に嘘をついていた」
「嘘?」
困惑する彼女に、俺は全てを打ち明けた。
自分の生い立ち。猫の引っ掻き傷だと偽った手首の傷の、本当の理由。
俺の告白を聞いた彼女は、声を震わせて泣いていた。