那音が転校してからの僕は、一人で過ごす時間が多くなっていた。
以前は保健室で時間を潰すこともあったが、莎奈匯がいなくなった今、あの場所はツラい記憶が蘇るだけだった。
僕は一人でいることに執着していた。それでも僕は現状を打開しようと努力した。クラスメイトの誘いを断ることなく受け、会話をするようになった。勉強が分からない奴には教えてやり、冗談にも笑うようにした。
人間とは単純なもので、次第に人が集まるようになった。僕の変化を感じたクラスメイトたちは、口々に言った。
「櫻井って、怖くて今まで近寄れなかったけど、話してみると結構いい奴だった」
今までは高く積み上げた心の壁が、周囲との間に更なる溝を作っていた。
そんな日常を変えてくれたのが、海愛。彼女と出会い、笑うことを覚え、心から人を想い愛する気持ちを知った。失いかけていた感情を、海愛が蘇らせてくれた。
海愛が僕の人生を変えた。それは過言ではない、と思っていた。
僕は授業を受けながら、窓際の席から空を見上げる。澄み切った青空に飛行機雲が浮かぶのが見える。その時だった。
「櫻井くん! 君はいつも私の授業をまともに聞いていないね? 立って黒板の問題を解きなさい」
教師に名指しされた僕は溜息をつき、仕方なく黒板に向かう。
指定された問題は、今回のテスト範囲とは全く関係のない場所。教師を睨みつけると、彼は得意気な表情を見せる。
そういう人間なのだ。できる生徒を指定し、間違いを強く否定する。教師失格だ、と僕は心の中で悪態をつき、諦めてチョークを手に持った。
試験の範囲外だからと言って、解けない問題ではない。
僕は表情を崩さずにサラサラと黒板に解答を記入する。悩むことなく英語の長文を書き終える。
「できました」