「樫野さんに」

「いい」

 腰を浮かそうとした私に、穂高は掠れた声で答えた。いいわけない。彼の言葉を素直に聞けるはずもなく、夜だというのも忘れて私はすぐさま反論する。

「でもっ!」

「いいから」

 穂高は私の腕を掴んで行動を阻む。本気で止めようとしているのか、加減をする余裕もないほどなのか遠慮のない力の入れ方に驚いた。

「薬も、飲んだ。心配ない」

 荒い息遣いで切れ切れに言われても説得力皆無だ。不安から涙が出そうになる。

「心配ないって……」

「いいから、ここにいろ!」

 彼にしては珍しく乱暴な口調だった。私はびくりと体を震わせる。穂高は掴んでいた私の腕を引き、自分の方に私を寄せた。

 体勢を崩しながらも彼に抱きしめられる。

「ごめん。でも、本当に平気だから……今は、ほのかがそばにいてくれたらそれでいい」

 たしかに苦しそうではあるけれど、心なしか声には平静さが戻っている気がする。でも、彼の言い分を鵜呑みにして安心はできない。

「穂高、どこか悪いの?」

 抱きしめられているので、彼の顔は見えない。正面から包まれる温もりは、胸騒ぎを増幅させた。空気を肺取り込もうとしているのか、懸命に息を吐いては吸ってを繰り返している。

 穂高はなにも言わない。

「ねぇ、答えてよ」

 彼の肩口に顔をうずめながら、どうしても責める言い方になってしまう。通常の倍以上に早い心音は私のものなのか彼のものなのか区別がつかない。

 穂高は深呼吸して調子を整えてから、なだめるように私の頭を優しく撫でた。

「少し。けど、今は薬を飲めば大丈夫だから」

「今は、って……」

「ほのか。俺が日本に戻ってきたのは、検査のためだったんだ」

 突然語りだされた思いもよらぬ彼の事情に私は目を丸くする。