「俺というものがありながら、どうして蒼井の方に行こうとするの?」


ドクドクドクとみるみるうちに心臓が暴れ出す。


息が苦しい。

胸が苦しい。


い、や……


いや……


いや!!


あなたの所になんか行きたくない。


やっと前に進めることができそうな気がしていたのに。


やっと、あの時のことを受け入れようと、必死に前に向こうとしていたのに。


また、同じことの繰り返し。


「ねえ、こっちにおいでよ」


いや……


嫌、だっ………


耳にバッと両手を当てて、下を向く。

体がガタガタ震えて、とまらない。


たす、けてっ……。


たすけて……っ


「行こうか?霧雨さん」


俯いた私の足元に影ができ、視界の端で伊吹の手が伸びてきたのが見える。


もう、やめてっ……


怖くてぎゅっと目を閉じた瞬間。


「俺、前に言わなかったっけ?」



大きい背中が私の前に見えた気がした。