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 きっとそんなこと、今の佐々木さんは何も覚えていないだろう。だから私も、忘れたふりをしている。


 私も異常なくらいに彼女に心酔していて、彼女の弱さや悩みに気づけなかったから。


 高校に入って、佐々木さんと同じ学校だということに胸を舞い上がらせていた。しかも、二年生では同じクラス。こんなに嬉しいことはない……はずだったのに。


 彼女は変わってしまった。つるむグループの系統から、言動まで。見た目と、先生の前では中学のころの佐々木さんなのに、普段の姿からはまるであの神様だった佐々木さんはいなくなっていた。


 そこでやっと私は気付く。彼女は神様なんかじゃなかった。そして自分の異常さにも。


 相変わらず高校でも私は日陰者だけど、和久津くんという素敵な出会いもあった。結果ふられてしまったけど、当然の結果だったと思うし、何も落ち込む理由はなかった。


 それに私は確実に和久津くんへの恋心があったものの、佐々木さんへ憧れていたころほどの胸の高鳴りが感じられていなかったのも事実だ。


 今でも忘れられない。一度階段を踏み外していたときの私。


 今度は、佐々木さんが踏み外している。


 そして最近、朝霧みおさんと八雲葵さんという友達ができた。二人ともすごく良い人で、ほんの少し、中学の佐々木さんを思い出してしまう。


 また、あの佐々木さんに会いたい。今度はあれほど心酔したりはしないけど、絶対今の佐々木さんは無理をしている。苦しんでいる。


 それでも、佐々木さんは好きであのグループにいるわけで……。


 どうすることもできない。八雲さんに、私の友達にあんなことをしておいて、許せるわけもない。


 だけど私はまだまだ甘かった。完全に中学のころを捨てきれてはいないことに、気付いた上での決断だ。



 ———彼女に、手を差し伸べてあげたい。



※ ※ ※



 そして。


 とうとう佐々木さんは、ひとりぼっちになってしまった。


 いつも友達に囲まれて笑顔だった佐々木さんがこんなことになるなんて、中学生の私は考えてもみなかっただろう。


 私は今日も掃除を押しつけられている。もういじめとは思わなくなった。これは私のやるべきことなんだと、習慣付いてしまった。


 だから、これは私にしかできない方法だ。



「掃除、手伝ってくれませんか」



 ひとりぼっちの佐々木さんに声をかけた。


 彼女は振り向く。あぁ……なんて酷い顔なんだろう。



「なんで? やだよ」


「……昔の佐々木さんなら、笑顔で手伝ってくれたんでしょうね」



 本当に。今の佐々木さんは、昔の面影が全くない。やっぱり……もうあの時の佐々木さんは、いないんだ。


 そう思って、やっぱりやめておくべきだったか、と佐々木さんの表情を伺うと……。


 泣きそうだった。


 今にも泣き崩れそうなくらい、ボロボロだった。



「なんなの……。あたしが……っ、あたしが全部悪いって、言いたいの……っ!?」


「そんなことより、掃除。手伝ってください」


「はっ……?」



 佐々木さんがぽかんと口を開けて私を見る。説教されるとでも思ったから、怒ったんだろうか。


 佐々木さん、せっかくあのグループを抜けられたのに、ちっとも明るい顔をしていない。あそこにいても辛くて、ひとりぼっちでも辛いなんて。


 佐々木さんが辛くない場所なんて、ないんじゃないだろうか。



「はい。ほうき、持って!」


「はぁ? ちょ、あたし嫌だって言って……」



 無理矢理にほうきを押しつけて、私は一人で掃除を始めた。



「少しでも自分が悪いと思っていたなら、手を動かしてください」



 最後の選択だ。


 ここで佐々木さんは、自分を見つめることができる。



「やだ。あたし、掃除なんてやりたくない」


「……」


「でも……。やるしか、ないんでしょ」


「当たり前じゃないですか」



 さっと佐々木さんは地面を掃いた。


 私もまた、いつもように掃除を再開する。


 これは、私がやらなきゃいけないこと。私しかしないこと。


 ……でも、次からはひとりぼっちでしなくていいのかも、しれない。