何日かが過ぎ、あの夜の出来事は夢で見たことだったのではと思えるようになってきた頃。

 自ら言い出した残業のお弁当交代制。
 言い出した自分を恨めしく思いつつも、今回は私が作ってきていた。

 初めて倉林支社長に食べてもらう手料理にこれでもかと緊張する。

 料理を口に入れる彼を凝視しないように注意しつつも緊張で手が震えてしまう。
 その手をギュッと握りしめて彼の感想を待った。

「美味しい。」

 彼の感想を聞いてホッと胸を撫で下ろした。

「お口に合ったようで良かったです。」

「温かい家庭の味がするよ。」

 胸の奥がじんわり温かくなって褒め上手だなぁと感心してしまう。

 ここ数日はまともに彼の顔を見て話すなんて芸当はできなくて、久しぶりにまともに彼と話す気さえする。

 そこには不意に見せる優しい顔に加えて甘い色気みたいなのも加わった気がして、夢で見たあの夜が本当のことだったと思わざる得ない気がしてしまって……。

 気のせい。気のせい。
 そんなの気にし過ぎだよ。

 本当は分かってる。
 あの夜の出来事は夢なんかじゃないって。

 けれど結婚願望のない彼にとって私はただの遊びだ。

 だってどれだけ考えても分からない。

 結婚願望のない人の真剣なお付き合いってどんな付き合いを言うんだろうって。

 自分にとって真剣なお付き合いの先に結婚があるのがごく自然だ。

 彼から付き合おうなんて言われてもないんだから悩むだけ無駄なんだけどね。

 そんな堂々巡りをしているとあの夜は夢だったんだって思い込みたい気持ちになって、そう思い込むようにしていた。