蜜月は始まらない

頭の中が真っ白になっているはずなのに、目だけは正常な動きで文字を追う。



“まるで冬の寒さが戻ってきたような5月初旬の夜、神戸市内にある某高級マンションから出てきた東都ウィングス・柊錫也(28)の姿をキャッチした。”



そんな文言で始まり、記事には写真に関する内容が筆者の憶測も交えながら事細かに記されていた。

激写のお相手は、そのざっくばらんな性格と鋭いコメントがウケて最近ではバラエティ番組にも引っ張りだこの人気ファッションモデル・日比谷(ひびや)モカであり、写真のマンションは彼女の自宅であること。

肩を寄せて仲睦まじく歩く様子から、ただならぬ深い仲であることが傍目にも窺い知れたこと。

ふたりはマンションを出てから近所のコンビニで買い物をし、また寄り添いながらマンションの中へと戻っていったこと。

只者ではないオーラを放つスタイル抜群の長身美男美女のふたりは、完璧なまでにお似合いであったこと。



“今をときめくホットなふたりに、時期外れな寒波など関係なさそうだ。”



この手の熱愛スクープらしい下世話な言い回しの結びの文章まで読み終え、私はスマホを持つ手をパタリと膝の上に落とした。

頭の中には次々と、過去に錫也くんとしたやり取りが浮かんでは消える。



『花倉、俺と結婚してくれ』



お見合いのその日に、プロポーズされたこと。



『今度からは『華乃』って呼ぶから。俺のことも『錫也』でいい』



同居生活初日の夜、これからは名前で呼び合おうと提案されたこと。



『でももうすぐ、花倉も“柊”だ』



錫也くんがものすごくお酒に弱いと、身をもって知ったこと。



『ああ……想像以上だ』



指輪を嵌めた私を見て眩しそうに目を細めた錫也くんに、これ以上ないくらいドキドキしたこと。