蜜月は始まらない

「あ……はい。わかり、ました」



なぜか敬語で返事をした私に、ふっと彼が表情を緩めた。



「ありがとう。じゃあ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」



スーツケースを連れた錫也くんが、ドアハンドルに手をかける。

少し躊躇ってから、私はまた口を開いた。



「試合、がんばって。……待ってるから」



一度はこちらに背を向けかけた彼が、驚いたように目を丸くして私を見つめる。

だけどすぐ、やわらかく笑みを浮かべた。



「ああ。待ってて」



そう言い残して、今度こそ錫也くんは家を出て行った。

私は閉じられたドアを見ながら熱を持つ頬を両手で覆い、はあっと息を吐く。

……『大事な話』って、なんだろう。

あんな、真剣な表情向けられたら……心臓が大暴れして、身体全体熱くなってしまう。

彼への恋慕を認めてから、初めての遠征。
今回の留守番は、きっとこれまで以上に長く感じるんだろうな。

ほとんど確信に近い気持ちで、私はまだ熱さが引かない頬を指の甲でさすった。