蜜月は始まらない

「俺のアンダー?」



ああ、それも見られてしまった。私が彼のシャツに擦り寄って寝ていたと、気づかれたかもしれない。

そんな眠気が吹き飛びそうなことが起こっても、ぼんやりした脳は完全な覚醒にはいたらなかった。

もはや合わせる顔がないという以前に、強烈な睡魔に抗えずにいるのが1番の理由だ。

不思議な浮遊感の中、錫也くんが歩き出したのがわかる。

リビングを突っ切り、廊下に出て、ドアを開ける。

また数歩進んで、スプリングがきいたベッドの上にそっと横たえられた。



「……寝顔、初めて見たな」



そうだっけ。そうだったかな。

けど私も、錫也くんの寝顔を見たのは同じようにリビングのソファでうたた寝をしていたあの1回きりだけだ。

私が起こすまでもなく、朝はしっかり起きてくるもんなあ。
もう少し、無防備なところを見せて欲しいとも思うんだけど。

ああ、起きなきゃ。起きて顔が見たい。「おかえり」って……「今日もお疲れさま」って、伝えたい。

なのにソファよりさらに寝心地のいいベッドに下ろされたことで、ますます睡魔が私をがんじがらめにするのだ。

そっと優しく、前髪を梳かれるのを感じる。

それからホクロがある左の目尻あたりに、あたたかくてやわらかいものが押し当てられる感触。



「おやすみ、華乃」



まるで、魔法の呪文のようだった。

もう、1秒だって我慢できない。甘いささやきが聞こえたのを最後に、私の意識はそこでプツリと途切れた。