監督がせめてもの花向けと贈った2日間の休養の間に、皮肉にも白鳥さんの右肩の症状は、悪化してしまったようだった。


この日の白鳥さんのボールは、もう見る影もなかったと言っても、言い過ぎじゃなかった。今までだって、本来の力はだんだん出せなくなって来たけど、それでも「白鳥徹という顔」でなんとか抑えてきた。


しかし、今日はもう顔だけじゃ通用しない状況、まして相手は甲子園でウチに唯一土を付けてる埼玉青進だ。


「これじゃ、もう敗退行為じゃないですか!」


2回が終わって0対4、単なる不調ではないのだから、白鳥さんの調子が上がって来ることはもうあり得ない。だとしたら、これから何点取られるか、わかったもんじゃない。


「こんな八百長みたいな試合を甲子園の決勝戦で続けるつもりなんですか?」


ベンチに戻った俺は、あえてこう監督に言った。あくまで本人の希望とは言え、もう残酷ショーみたいなことを続けることには耐えられなかった。


八百長なんて言葉は、勝負に携わっている人間として、口にするのも嫌だったが、こうでも言わなきゃ、止められない。俺は、ぶん殴られるのを覚悟で暴言に近い言葉を吐いた。


果たして


「バカ。お前、何言い出してるんだ!」


血相を変えて、神が飛んで来たが、俺は怯まない。


一瞬流れた沈黙、その後、静かに口を開いたのは、キャプテンだった。


「塚原、お前が言いたいことはわかる。憎まれ役を買って出てくれたお前には辛いことを言わせて、本当にすまん。だが、今日は、この試合だけは、白鳥の、俺達のやりたいようにやらせてくれ。」


この日の朝、先輩6人衆は集まって、こんな話をしていた。


「今日の試合、俺は先発で投げる。だけど、それはもうチームの勝利の為ではなく、ただ俺の意地と自己満足の為でしかない。だから、そんなものに付き合わされるのはゴメンだって、この中の1人でも思っているなら、正直に言ってくれ。」


「もし、1人でもそう思ってたら、白鳥くんはどうするの?」


みどりさんの問いに、白鳥さんは答えた。


「俺は投げない。」


キッパリとそう言い切ると、白鳥さんは5人の仲間の顔を、1人1人見つめた。


「ズルいな、お前。」


一瞬苦笑いを浮かべた後、切り出したのは松本さん。


「はっきり言おう。今のお前に投げて欲しい、投げさせてやりたいって思ってる奴なんて1人もいないよ。俺達はもちろん、監督だって、後輩達だって。」


「・・・。」


「だけどな、白鳥。お前がどうしてもマウンドの上でピッチャーとしての自分を全うしたい、それで潰れても、絶対に悔いはないって言うんなら、少なくとも、俺達5人はもうお前を止める気はない。とことん、付き合ってやるよ。」


そう言うと松本さんは、まっすぐに白鳥さんを見た。佐藤さんも大宮さんも、久保さんもみどりさんも、じっと白鳥さんを見つめている。


「みんな・・・ありがとう。」


そんな仲間達に、万感の思いを込めて、涙を浮かべて、白鳥さんは頭を下げる。


「白鳥、お前はバカだ。そして俺達は大バカだよ。」


「だから、気が合ってんじゃないの?僕たち。」


そう言った佐藤さんと久保さんの目にも


「さぁ、行こうぜ。」


とクールに決めようとした大宮さんの目にも涙が浮かんでいた。もちろん、それを見つめる松本さんとみどりさんの目にも・・・。