「俺はピッチャ-が好きだった、辞めたくなんかなかった。でもイップスにくじけて、結局逃げた。そして、そんな自分が嫌で、ピッチャーやってたことをずっと隠して来た。どっちが情けねぇんだって話だよな。自分は戦う以前に、マウンドに立つことから逃げてたんじゃねぇかって気付いた時、試合中なのに、泣きたいくらい悔しくなった。」


「塚原・・・。」


「沖田、ひでぇこと言っちまって、済まなかった。剣、お前はすげぇピッチャーになれる。あのストレートは、誰にでも投げられるもんじゃない。元ピッチャーとしちゃ、嫉妬するくらいだ。だから、逃げるな。勝負だから、必ず勝てるとは限らない。だけど、逃げるのだけはよそう。その時、持てる力を出し切って戦って行こうぜ、な。」


「先輩・・・。」


目に涙を浮かべながら、剣は大きく頷いてくれた。


「なぁ、みんな。甲子園、行けよな。お前達にはその力がある。だから、力一杯戦ってくれ。悔いのないように。これからは、そんなお前達を、ずっと応援して行くからな。」


「はい!」


後輩の元気のいい返事に、俺はふと我に返った。そして、我に返ると急に照れ臭くなって来た。


「あれ?なんかお別れの挨拶みたいになっちまったな。言っとくけど、俺まだ引退しないからな。これからも練習来るからな、よろしく頼むぜ。」


「じゃ、塚原さん、この際ピッチャーに復帰しましょうよ。」


「そうですよ、喜んでお手伝いします。」


仁村と谷岡に言われて、俺は慌てる。


「おいおい、それとこれとは話は別だ。」


「あれ?さっきまで逃げるなって演説ぶってたのは、どなたでしたっけ?」


とからかうように言って来たのは白石。


「そうだ、言ってることが違うぞ。」


神までが追い討ちを掛けてくる。


「そう言うな。確かにピッチャーに未練はあったけど、今はキャッチャーも面白くなって来たんだ。」


「ずるいなぁ、それ。」


普段はあまり無駄口を利かない村井にまで、ツッコまれてしまった俺は


「とにかく、ちょっとトイレ行ってくる。」


と形勢不利を悟って、逃げ出した。


とりあえず、本当にトイレに向かった俺。そんな俺を


「聡志。」


と呼び止める声がした。


えっ?驚いて振り向く俺の視界に、笑顔の由夏の姿が写った。