「お父さんは創作の真っ最中らしいな。家族がどんな状況だろうと、今手掛けている作品を仕上げるまでは帰ってくる気はないと見た」

「淡々と説明しないでいただけますか、うちの家庭事情を」

 しかも、その表情はどこか嬉しそう。他人の家の複雑な事情が面白く手仕方ないといった顔。

「お父さん、いいアドバイスをくれたじゃないか」

「え? なにか言ってましたっけ?」

 自分勝手なお父さんに怒りを煮えたぎらせる私の頬を撫で、社長は二重の目を細めた。その奥には怪しい光が宿っている。

「イメージ通りの絵が見つからなければ、描いてしまえばいい。美大で培った技術をここで……」

「お断りします」

 もう絵描きになりたいなんて夢物語みたいなことは想像もしなくなっている。私はただ、平穏な毎日を送りたい。仮にいいアイディアが浮かんだとしても、期限はあと三週間ほど。平日仕事から帰ってきて仕上げるのは無理だ。時間が足りない。

「帰ります。父の絵を見られたことは、とても嬉しかったです。ありがとうございました」