「とにかく、私は描けないの。私はおじいちゃんでもお父さんでもないんだもの」
 小さい頃から絵が大好きだった。遠近法、明暗法など、色々な技法を教えてくれる師匠は身近にいた。画材に困ったこともなかった。ただひとつ私になかったのは──才能だ。

 技術的に上手な絵を描くことはできる。模写ならいい感じに描けるだろう。ただ私の発想力、観察力、表現力は凡人のそれと同じ。『上手』以上の絵は描けない。

「ねえお父さん、一度帰ってきて協力して。おばあちゃんもとても心細く思っているの。わかるでしょう? みんなで過ごした家が、取り壊されちゃうの」

『今すぐは無理だなあ。もうすぐ一作仕上がるから、そうしたら帰るよ』

「もうすぐっていつよ」

『さあ……』

「さあ、じゃないっ!」

 これだから芸術家ってやつは! 才能がなくても、ちゃんと時間通りに会社に行って仕事する私の方がよっぽどまともよ!

『ご、ごめんよ』

「こら、逃げるなっ。今どこにいるかだけでも……」

『あ、あ、電波が悪いなあ。電波が、電波が~』

 ──ぶちっ。

 下手な演技をし、お父さんは一方的に電話を切ってしまった。呆然と立ち尽くす私の耳に聞こえるのは、ツーツーという何の意味も持たない虚しい響き。