振り払おうとした手を強く握られた。息を飲んだ瞬間、ぐいと引き寄せられる。抵抗する間もなく、彼の右手が私の後頭部を捕えた。

 目を見開く。止められない。鼻先どうしがニアミスする。私の言葉を封じ込めるように、彼の唇が私の唇を塞いだ。

 強く押し付けられた唇の熱に、理性が溶かされる。激しく抵抗しない私に気をよくしたのか、社長は角度を変え、優しく甘い口づけを繰り返す。震える手ですがるように社長の腕を掴んだ。

 まぶたを完全に閉じる前、鏡に映った自分たちを見て驚く。まるで、本当の恋人同士のようで。

 どうして私、ちゃんと抵抗しないんだろう。社長の意のままになっているんだろう。なんでこんなに、胸が熱いの。

 社長の手が私の背中に回る。密着させられそうになった、そのとき。

「……ちっ」

 先に唇を放したのは社長だった。彼は無遠慮な着信音に苛立って舌打ちをした。

 鳴っているのは私の携帯だ。鏡の前のバッグからマヌケなメロディが容赦なく濃密になった空気を壊す。

 我に返った私は社長を押し返し、バッグの元へ急ぐ。携帯をとりだし、画面に表示された相手の番号をしっかり見もせずに電話に出た。