転びそうになった私を、社長の長い腕が抱きとめる。どこかスパイシーな香りが鼻をくすぐる。と言ってもカレー臭いわけじゃない。おそらく、香水だ。
「ほう。意外に積極的だな」
頭上で低い声がして、ハッと我に返った。うずまるようにしていた社長の胸から慌てて離れる。
「ち、違う。押されたから」
弁解しようとした瞬間、エレベーターが止まってしまった。
「来い」
西明寺社長が私の手を取って歩き出す。そのフロアではすでに、廊下までいい匂いが漂ってきていた。
レストランフロアだ。と口に出すより先に、空腹の限界を超えていたお腹が悲鳴のような音を鳴らした。
やだ、こんな高級ホテルで。お昼ご飯が少なかったから……。
頬が熱くなる私に遠慮せず、西明寺社長はブッと吹き出し、くっくっと喉を鳴らして笑った。
「風呂に入ってマッサージ、その後は食事をしたくなる。人間として当然のことだ」
意外に優しい言葉をかけられた。うつむいたまま引きずられていった先は、個室のあるフレンチレストランだった。
大浴場もすごかったけど、レストランからも夜景がばっちり見えた。宝石箱をひっくり返したみたいな、マルチカラーの点在する光。



