「え、ええ」

私の服装を見て言うのだろう。浴衣の人だらけのファミリーホテルの中で明らかに浮いているブラウスとタイトスカート。ワインレッドのスーツケース。パンプスを履いた足。

「今から、お時間はありますか」

「えっ」

「よければ、食事でも」

真面目に絵を見ていた時はへの字だった口の端が、ほんの僅か上がった。

これって、ナンパ!? まさか!

急に恥ずかしくなった私は、思いきり首を横に振る。

「約束がありますので。失礼します」

早歩きでその場から立ち去る。

いけないいけない、絵の話をしてくるから、気を許してしまうところだった。

どんなつもりか知らないけど、初対面の異性を食事に誘うひとなんて、信用できない。

「あ、おばあちゃん? 今からそっちに帰るから。もー、昨日言ったでしょ。仕事でそっちの県に行くから、直接帰るって」

ホテルから出てすぐ、スマホで祖母に連絡する。ここから彼女が住む実家まで、二時間もかからない。

「ん? いいの、新幹線を使えばすぐだから。お金? 大丈夫。何回も言っているけど、他に使うところないんだから。じゃあね」

強制的に会話を打ち切り、ホテルの前のロータリーから駅前に向かうバスに乗った。