昴さんはそれを受け取ると、アパートの壁を使って何事かさらさらと書き留めた。そのメモを見つつ、何度も何かを確かめているよう。

 やがて電話を切った昴さんは、私と松倉先輩を交互に見た。

「どうして二人して横川のアパートにいるんだ?」

 尋ねる声は、まるで私たちが浮気をしていた現場を押さえたかのようにトゲトゲしい。

「誤解しないでください、社長。横川が帰りに体調悪くなったんで、送ってきただけです。ほら、いま帰ろうとしていたでしょう」

 どうしても昴さんを敵に回したくない松倉先輩は、必死に弁解する。必死過ぎて、逆に嘘くさく思えなくもない。

「そうか。ご苦労だったな」

「はい。では、失礼いたします!」

 じろりとにらむように見つめられ、松倉先輩は矢のように走り去ってしまった。

「あいつは嘘つきだな。人事部によく言っておこう」

「どうしてそんなこと……」

「涙の跡が付いている。体調不良でこんなに泣くか?」

 大きな手が、私の頬をそっと撫でた。

 見透かされている。

 彼と目を合わせているのが気まずくなって、目を伏せた。

「こんなところじゃなんだな。今の電話の件もあるし、入れてくれないか」

「あ……」

 たしかにこんな屋外では、人の目も気になる。

「ええと、狭いところですがどうぞ」

 もっと念入りに掃除をしてからお招きしたかったけど、仕方がない。私は昴さんを、全然似合わない小さなアパートの一室に招き入れた。