「ダメだ。何を言っているのか全然わからない。でも、何か必死に伝えたがっている気がする」

 少し聞いて、すぐギブアップされた。スマホを返されて途方に暮れる。どうしよう。ただの間違い電話ならこのまま切っておしまいだけど、そうしてはいけないような気がする。

 このままだと切れてしまう。なにか返さなければ。そう思えば思うほど、口から言葉が出てこない。向こうの声が途切れた。そのとき。

「貸せ」

 階段の下から声がした。その声の主は、長い足であっという間に階段を上って目の前にやってくる。松倉先輩が大きくのけぞって道を開けた。

「しゃちょ……」

 突然現れたのは、昴さんだった。仕事用のスーツを着ている。私の手から携帯をひったくると、自分の耳にあてた。

 昴さんは何語かさっぱりわからない言葉で相手とやりとりをしている。その表情は険しかった。

 いったいどういう話をしているんだろう。私と松倉先輩はじっと電話が終わるのを待った。

「おい、メモ」

 前触れなく昴さんが手を差し出した。メモって。そんなの、いきなり言われたって。混乱してくるくる回るだけの私と昴さんの間に、松倉先輩が割って入る。彼の手には仕事用の小さな手帳とペンが。