「何か飲むか」
「い、いえお構いなく……」
広い玄関から通されたリビングからは、キッチンが見えない。食事を作って食べる場所は他にあるのだろう。その代わり、眼前にガラス張りの窓と特大バルコニーが見えた。その向こうには青い空と首都東京のビル群が。
壁には近代の作家のものと思われる、色鮮やかな抽象画が二枚飾られている。
「夏は熱そうですね」
呟いた私に、出張用荷物を置いた社長が振り返る。
「何か言ったか?」
「いえ、別に」
日当たり良好すぎて、そんなことを思ってしまう庶民の自分が悲しい。
「こんな広いところにひとり暮らしなんて……」
明らかに一人では使いきれないほど大きなソファ。それは雑誌で見たことのあった高級ブランドのものだった。たしかウン百万円だったか。座ることさえ躊躇われる。
手持ち無沙汰にうろうろしている私に、社長が近づいてくる。その手が顔の近くに来て、思わず体を強張らせた。
また強引にキスされるのでは、と、そんな心配は無用だった。彼の手は私の肩を優しく叩く。
「来い。いいものを見せてやろう」



