「いえ、何も」

 笑顔で応え、最後に松倉先輩のところに到着した。彼はいたずらを失敗したガキ大将みたいな、いじけた顔をしていた。

「はい、先輩。くだらないいじめはやめてくださいね。大人なんだから」

 課長に聞こえないよう、小声で言って書類をそっとデスクの上に置いてやった。なにか言い返そうとした先輩にぐっと顔を近づける。

「これ以上何かするなら、西明寺社長に言い付けます」

 ぐっと喉を詰まらせたような音が聞こえた気がした。

 さっと離れた私は、自分の席に戻る。

 余分なことを考えている暇はない。私はそう、自分の仕事と実家を救うことに専念するの。そのためには、私自身が悪役になったって構わない。

 昨夜の社長の行動がどの程度本気だったのかはわからないけど、押しのけて帰ってきてしまった私には、どうせこの先この会社でのし上がる機会はないだろう。あんな風に無礼を働いた私に、社長はきっとご立腹しているはず。

 そう考えると、少し胸が痛んだ。