「ここに桃矢殿はいらっしゃるか?」

雨水が帰ってから数時間後。

どうやら依頼人がやって来たみたいだ。

「はい。どちら様でしょうか?」

家の外から、野太い男の声が響き、僕は溜め息を吐く。

雪花が応対しているから、確実に引き受けることになりそうだね。

こんなことなら僕が出れば良かった。

「……はい、伝えておきますね」

あー、やっぱり引き受けちゃったね。

絶対面倒なことになりそうだと、嫌な予感がするよ。

「桃矢くん。今貴族の方がね―」

「あーはいはい。仕事でしょ?……て言うかさ、貴族からの仕事は引き受けるなって言ったよね?」

僕が引き受けるのは、庶民の間で起こっているものの怪の事件だ。

何でかって?

貴族が嫌いなのと、貴族からの依頼を一つ受けたら、宮中とも関わりを持っちゃうからだよ。

よっぽど位の低い成り上がりなら、まだ引き受けても良いけどね。

貴族と言えばきらびやかで華やかな感じがするだろうけど、庶民の暮らしは貧しいし、貧富の差も激しい。

貴族がどんちゃん騒ぎやっている間に、庶民は身を粉にして働き続けるしか無いんだ。

自分達が生きられるのは、庶民という犠牲があるからということを、自覚してほしいね。

後、風呂にもろくに入らず(これは占いが関係してるけど)、排泄も樋箱(ひばこ)と呼ばれる持ち運び可能な箱の中にするから、正直臭う。

その臭いを誤魔化すために香を焚いてるんだけどね。

ま、貴族に限らず、今の時代は不衛生だろうね。

遠い未来に、奈良時代に流行った水洗厠でもまた作ってくれればいいけど。

切実に。

ああ、話が反れたね。

「でも、その貴族の方……あ、さっきいらしたのは使いの方なんだけど。依頼をお願いしたい方の娘様がね、もう三日も寝たきりなんだって」

医者に見せても、病の気配はないらしく、手の出しようもないから、もしかしたらものの怪が絡んでるかもってことね。

……何となくだけど、そのお姫様ってあの噂と関係ありそうなんだけど。

「でも、知らんぷりをするのもお気の毒だと思うの。……たった一人の、やっとできた娘様らしいから」

家族というものを知らない雪花は、家族に憧れていた。

そして、家族の情とかにも弱い。

「……はぁ。分かったよ。どうせ引き受けちゃったんだろ?」

「ありがとう!桃矢くん!」

そんなホッとしたような笑顔で、お礼なんて言われても嬉しくなんてないから。

「桃矢くん?顔赤いけど、具合でも悪いの?……ごめんね。やっぱりお仕事断った方が―」

「何でもないから!支度してすぐ行くよ」

余計なことを言われる前に、僕は雪花を促す。

それにしても、寝たきりになったのが三日前というと……やっぱり噂と関係あるよこれ。

あーあ。何でか知らないけど、結局雨水の思い通りになってる気がするな。

必要なものを揃えて、僕は雪花と家を出た。