自分の手を掴み、にこりと笑みを浮かべる妹に、菊之助は背筋がぞくりと震えた。
「ど、どこに……?そこには木しかないのに……」
「ねぇ、菊之助。……おいでよ」
「!嫌だ!!」
笑みを深くした妹のその背中から、ちらりと覗く何かを見たその瞬間、菊之助は菊千代の体をどんっと思いっきり押した。
「きゃあっ!」
「!?菊千代!」
悲鳴に気付き、菊之助はすぐ倒れそうになる妹へと手を伸ばした。
「……助けて……兄様……」
弱々しい掠れた声で妹は呟き、木の中へと吸い込まれた。
「菊……千代……?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?か、母様?」
甲高い悲鳴に気付き振り返ると、そこには両手で口を押さえ、ガタガタと体を震わせた母親がいた。
「菊千代……菊千代!!」
母はまるで、自分の事が見えていないかのように押し退け、妹を飲み込んだ木へと走り寄る。
「菊千代!母様よ?出てらっしゃい!菊千代!菊千代ー!!」
どんどんと拳を握った手で木を叩き、涙を流しながら母は叫ぶ。
けれども、菊千代の声が聞こえることも、姿を表すこともない。
「菊千代ぉ……菊……千代……う……うぅ……」
「母様……?」
「……」
どんなに呼び掛けても、そっとその肩を叩いても、母は菊千代を見ることは無かった。
その日から母は脱け殻のようになり、部屋の外から一歩も出ず、食事もとらなくなった。
日に日にやつれていく母の姿に、自分は何をすれば良いのだろうかと考え、菊千代をあの木から取り戻そうと色々とやったが、所詮子供である自分が何をしたところで意味はない。
それでも何かをしなければと思った。
菊千代がいなくなったのは自分のせい、母がああなったのも自分のせい。
「全部僕のせい……僕がいなければ」
菊千代ではなく、自分が消えていれば良かったのだと気付いた時、自分が何をするべきかが分かった。
「そうだ……あの時消えたのは、菊之助なんだ。菊千代は生きてる」
ほんの思いつきから、妹の着ていた衣服を身に纏い、結んでいた髪をほどいた。
「……私は菊千代。菊之助は、あの日消えた」
鏡に映っていたのは、菊千代だった。
「母様?私よ?」
「……」
母の側に寄り、顔を覗きこむ。
「母様?どうしたの?」
「菊……千代……?」
「そうよ。菊千代よ」
「!菊千代!」
自分にようやく反応をしめした母にホッとすると、突然ぎゅっと抱きしめられる。
「あぁ、あぁ!私の菊千代!」
母はとても喜び、そしてあの日消えたのは菊之助の方だと思い込んだ。
その日から、母は少しずつ元気になっていったが、同時に自分を縛るようになった。
それでも良かったのだ。
どんな形でも、本当の自分のことでなくても、母が愛してくれるのなら。
「ど、どこに……?そこには木しかないのに……」
「ねぇ、菊之助。……おいでよ」
「!嫌だ!!」
笑みを深くした妹のその背中から、ちらりと覗く何かを見たその瞬間、菊之助は菊千代の体をどんっと思いっきり押した。
「きゃあっ!」
「!?菊千代!」
悲鳴に気付き、菊之助はすぐ倒れそうになる妹へと手を伸ばした。
「……助けて……兄様……」
弱々しい掠れた声で妹は呟き、木の中へと吸い込まれた。
「菊……千代……?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?か、母様?」
甲高い悲鳴に気付き振り返ると、そこには両手で口を押さえ、ガタガタと体を震わせた母親がいた。
「菊千代……菊千代!!」
母はまるで、自分の事が見えていないかのように押し退け、妹を飲み込んだ木へと走り寄る。
「菊千代!母様よ?出てらっしゃい!菊千代!菊千代ー!!」
どんどんと拳を握った手で木を叩き、涙を流しながら母は叫ぶ。
けれども、菊千代の声が聞こえることも、姿を表すこともない。
「菊千代ぉ……菊……千代……う……うぅ……」
「母様……?」
「……」
どんなに呼び掛けても、そっとその肩を叩いても、母は菊千代を見ることは無かった。
その日から母は脱け殻のようになり、部屋の外から一歩も出ず、食事もとらなくなった。
日に日にやつれていく母の姿に、自分は何をすれば良いのだろうかと考え、菊千代をあの木から取り戻そうと色々とやったが、所詮子供である自分が何をしたところで意味はない。
それでも何かをしなければと思った。
菊千代がいなくなったのは自分のせい、母がああなったのも自分のせい。
「全部僕のせい……僕がいなければ」
菊千代ではなく、自分が消えていれば良かったのだと気付いた時、自分が何をするべきかが分かった。
「そうだ……あの時消えたのは、菊之助なんだ。菊千代は生きてる」
ほんの思いつきから、妹の着ていた衣服を身に纏い、結んでいた髪をほどいた。
「……私は菊千代。菊之助は、あの日消えた」
鏡に映っていたのは、菊千代だった。
「母様?私よ?」
「……」
母の側に寄り、顔を覗きこむ。
「母様?どうしたの?」
「菊……千代……?」
「そうよ。菊千代よ」
「!菊千代!」
自分にようやく反応をしめした母にホッとすると、突然ぎゅっと抱きしめられる。
「あぁ、あぁ!私の菊千代!」
母はとても喜び、そしてあの日消えたのは菊之助の方だと思い込んだ。
その日から、母は少しずつ元気になっていったが、同時に自分を縛るようになった。
それでも良かったのだ。
どんな形でも、本当の自分のことでなくても、母が愛してくれるのなら。

