「ただいま母様!」

「ごほっ……菊千代(きくちよ)。また外に行ったの?」

胸を押さえ咳き込みながら、頬のこけた女は、帰って来た我が子を見る。

「うん。……あの、これ―」

「駄目だって何度言ったら分かるの?いい?外は危険なのよ!!」

鬼の形相で自分を睨み付ける母に、少年は肩を跳ねらす。

「……で、でも……こ、これを食べれば、母様はきっと元気になれ―」

「そんなものいらないわ!!」

怯えながらも差し出した菓子を、母は少年の手から容赦なく叩き落とし、少年の肩を掴んだ。

「貴女はずっと私の側にいなきゃ駄目なの!じゃないと守ってあげられないの!!」

「でも……僕は……」

「『僕』って言うのを止めなさいと言ったでしょう?!貴女は女の子なのよ?」

ピシャリと言い放たれ、少年は目に涙を浮かべる。

だが泣くまいと唇を噛みしめ、震える手を握りしめた。

「ごめん……なさい。ごめんなさい母様」

「……分かればいいのよ」

そう言って優しく笑う母を見ると、悲しくなると同時に、嬉しくもあった。

笑っている母の方が、少年は好きなのだ。

だから、自分は母の言うとおりにすればいい。

母の『娘』でいるうちは、母に愛してもらえるのだから。

母の部屋から出て、屋敷にある池の側へと座り込むと、潰れてしまった菓子を頬張る。

甘くて優しい味で、また涙が浮かんできた。

「あ!」

涙を拭おうと手をあげた時、菓子が滑り落ち、池の中へと転がると、少年は慌てて池へと身を乗り出す。

だが、そのまま自分の体も池へと滑り落ちそうになった。

(落ちる!!)

そう思ったその時―。

「やれやれ」

少し高めの、呆れを含んだ声が後ろから聞こえた。