赤い花、青い花、白い花、黄色い花。

色とりどりの花が咲き乱れていて、ここはまるで極楽浄土。

あの世とも呼ばれる場所に似ている。

時の流れが緩やかで、皆が皆にこにこと笑っていて、苦しいことなんて何にもない。

目の前にある白い花を摘んで、編み込んで、そして出来た花冠を目の前に持ち上げると、私はまた嬉しくなる。

「綺麗に編めた!ねぇ、見て桃矢くん」

振り返った先には誰もいない。

私は出来た花冠を膝の上において、辺りを見回した。

「……桃矢くん?……って、誰だっけ?」

それは、誰の名前だったのかな?

とても、とっても大切な人の名前だった気がするのに。

「……?私は……誰?」

ふと気付いた。

私は、私の中は空っぽだったことに。

自分が誰なのか、どうしてここにいるのか、それが分からない。

けど、どうしてかな?

分からないことを怖いとは思わないの。

それが、当たり前だって思ってる。

「……普通じゃないから?」

私が普通じゃないから、変だからこうなのかな?

『それが、お前への罰だ』

「……罰?」

私の目の前には、人の形をした黒い靄がいる。

その靄から聞こえた声に、どこか懐かしさを感じていた。

「あなたは、誰?」

『愚かなことを……お前は罪をおかした』

罪?

私は、何をしてしまったの?

訪ね返す間もなく、楽園は音をたてて砕けていく。

花は砂のようにさらさらと消え、空には亀裂がはいる。

『愚かな―』

黒い靄は最後に何かを呟いた。

その言葉は、何故か私の心に鋭い痛みを残す。

そして、私の足元も砂のようにさらさらと崩れ、私の体は下へと落ちていく。

深く……深く…………深く。

『いい加減起きなよ』

ふいに月明かりのような優しい光が降り注ぐと、懐かしい声が聞こえてきた。

その声にすがるように、私は手を伸ばした。


「やっと起きたね。まったく」

雪花の頬を引っ張りながら覗きこむと、何時もの気の抜けた笑みを浮かべた。

と言うか、餅みたいによく伸びるね。面白いけど。

「おはよう。桃矢くん」

「もう昼だけど」

「え?……あ、ごめんね。お腹すいたでしょう?」

慌てて起き上がる雪花を制し、僕は立ち上がる。

「適当に済ませたからいいよ。雑炊作ったから食べれば?……味の保証はしないけど」

料理なんてろくにしないから、加減が分からないんだよね。

「ありがとう。もらうね」

「ん……」

短く返事を返すと、雪花は何やらにこにこと笑っている。

「……何?」

「ううん。……良かったって思っただけだよ」

そう言って、雪花はまた綻ぶような笑みを浮かべた。