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その日、ドラマの撮影を終えたお母さんが珍しく家に帰ってきた。
夕飯を食べたあと、あたしとお母さんはリビングでテレビを見ていた。
チラリとお母さんを見る。黒髪のショートカットで、年齢よりもかなり若い20代のような見た目のお母さんは、肘をつき、ボーッと冷めた目で、テレビの向こうの世界を眺めていた。
……お互い帰ってきたときからほとんど会話がない。気まずい沈黙が二人の間に流れ、テレビの芸能人がにぎやかに騒いでいないと、とても耐えられないような空間だった。
とは言え、あたしとしてはお母さんを無視していたわけじゃない。お母さんがどう思っているかは分からないけれど、本当は色々話したいこともあった。
だけど、もう何年も前から、あたしはお母さんとどう接すればいいのか分からなくなっていた。お母さんと会うこと自体が稀だったし、まともに話したことも、ほとんど記憶になかった。
たしか保育園の時には、覚えたての平仮名で何通か手紙を書いたことがある。覚えている限り、それがあたしがした唯一のお母さんへの歩み寄りだ。しかしその返事も、返ってくることはなかった。
「…………」
無言のまま席を立ち、あたしはお風呂場に逃げてしまった。
多分このまま、朝まで特に何も話さないで、明日にはまたお母さんは撮影で遠くに行っちゃうんだろうな。
そんな寂しさとも虚しさとも言えない気持ちが胸をよぎった。



