Bar Crazyに着くと店内を見渡して息をついた。
 馬鹿みたいに汗だくで流れてくる滴が邪魔くさくて髪をかきあげた。

 一人カウンターに座っている莉緒の隣に座った。

「マスター、何か……。」

 いつもの胡散臭い微笑みを浮かべたマスターは俺の前にグラスを置いた。

「はい。ミネラルウオーターです。」

「……水かよ。」

 文句を言いつつも喉を潤すと幾分マシになった。

「ドロドロ……汗臭いです。」

「は?」

 こいつ……。
 心配で来てみれば飄々としやがって。

 ジャケットを脱いでみても確かにシャツが汗臭い。
 ロッカーに行けば店のシャツがある、が……。

 意地でもここを動かねぇぞ。
 これ以上の追いかけっこはごめんだ。

「哲哉は?」

「知りません。」

「……ッ。帰るぞ。」

「帰りません。」

「!」

 立ち上がって睨みつけてもこちらを見ようともしない。

「お客様。
 他の方のご迷惑になるのでお静かにお願いします。」

 マスターが芝居掛かったセリフを吐いて再びミネラルウオーターを俺の前に置いた。

 それをヤケになって飲み干した。

 クソッ。
 見るなって思うくらい見て欲しくない時は見るくせによ。

 こっちも意固地になって、それからはお互いに前を向き、無言で過ごした。