この恋は少しずつしか進まない




……ドクン、ドクン。

加島の顔が上にある。


目なんて合わせようとしなかったくせに、こんな体勢になって久しぶりに視線が交わる。


……加島って、こんな顔だったっけ。

加島って、こんな男みたいな顔をするんだ。



「……痛いよ、加島」

ぎゅっと掴まれている手首から、加島の体温が伝わってくる。


加島の唇がわずかに開いて、私になにか言おうとしていた。

けれど、掴んでいる手首を離すと同時に、加島は荷物の入ったカバンを肩にかける。



「今までお世話になりました」


遠ざかっていく加島の足音が消える頃、家のドアがバタンと閉まった。


手首にはまだ加島の熱が残っている。

ひとりになって、加島の荷物がなくなってしまった部屋を見て、涙が溢れた。


なにが、お世話になりました、だよ。

お世話になったのは私のほうじゃん。


いつもなよなよとしてるくせに、あんな怖い顔して。傷ついたような顔をして、なんなの、本当に。


戻ってきてよ。

戻っておいでよ。加島。
 

ダメだ。

今は涙で、声が出ない。