だから嫌だったんだ、こんな役割。

 放課後の教室、私はチャイムと同時に姿を消した相手を探していた。

「ねぇ、市ノ瀬くん、どこに行ったのか知らない?」

 私は、すぐ隣にいた男子に声をかけた。

「えー? 部活じゃないの?」

 あぁ、そうか、そうだろうね、教室の窓からグラウンドをのぞくと、今まさに校舎を飛び出し、サッカー部の仲間のところへ駆け寄る彼の背中が見えた。

「今日は委員会があるから、部活は行かないでって言ったのに」

私はため息をついて、窓から校庭を見下ろす。いつもこれだ、一緒に協力してやっていこうっていう気持ちが、あの人には全くない。

 4月の始め、じゃんけんとくじ引きで、運を外しまくった私は、同じように外しまくった彼と、生徒会総務という、一番めんどくさい委員会に所属することになってしまった。

 うちの学校では、各クラスから男女2名が選出され、その選ばれし不幸な生け贄が、生徒会活動に従事することになっている。

 今日はその委員会の3回目定例会、毎週毎週、週に1回も集まって、ひたすら雑用をこなす委員会に、彼はもう興味を失ったらしい。

ちゃんと来てねって、今日はあれほどお願いしておいたのに……。

 何度言っても変わらない彼に、私はあきらめて生徒会室に向かった。

結局誰かがこうやってそこに行かないと、体育祭とか文化祭とか、派手な行事の時に困るのはクラスのみんななのに、どうして私が犠牲になってるんだろう。

 私はただ、じゃんけんで負けただけなのにな。

 部屋に入ると、もう委員会開始時刻がきているというのに、集まっていたのは役員の半分にも満たなかった。

なんだかんだで、いつもこういう参加率になってしまうんだよね、この生徒会って、真面目に来てる私がバカみたい。

「じゃあ、始めよっか」

 生徒会長、3年の立木先輩が、閑散とした中で立ち上がった。

 今日のお題は、校外清掃活動、学校のすぐ近くの公園で、うちの生徒がゴミを散らかしてるっていう苦情が来て、これから定期的に掃除しに行くことにしたんだって。

 そりゃこんな地味すぎる生徒会活動、誰も来なくなるよね。

「おー、遅くなったな、悪りぃ」

 扉を開けて入ってきたのは、とても背の高くて、がっちりとした体格の、まさに体育会系! って感じの先輩だった。

「やっと来たか」

 その人は、生徒会長の立木先輩と仲がいい人だったらしい、立木先輩が笑いかけると、その肩をぽんぽんと叩いてから席についた。

 初めて見る、こんな人、この委員会にいたっけ?

 会議が始まった。私は、その見慣れない先輩のことがなぜか気になって、話しに集中ができない。

配られたプリントを受け取って、それを見ているフリをしながら、ずっとその人のことを、チラチラと見てしまっている。

 何やってんだ、こんなことしてたら、無駄に人より多く掃除当番に入れられちゃう。

 次の委員会活動は、来られる人たちだけで、公園掃除に決まった。

現地集合、現地解散、各教室から、それぞれの掃除道具を持ってくること、ゴミ袋は、生徒会が用意してくれるんだって。

 顔を上げたら、立木先輩と目があった。なんか、にこって、された気がした。

 それなりに努力して入った高校で、入学した当時は、ちょっとは緊張もしていた。だけど、そんなのも一年が過ぎると、当たり前の学校生活になっている。

 特に不満もないけど、楽しみもない、そんな毎日だ。

「だから、志保も部活入ればよかったじゃない」

「今から?」

「うちのバレー部入る?」

「やだ、体育会系とか絶対ムリ」

 私がそう言うと、奈月は笑った。

「そんなんだから、生徒会の総務とかやらされるんだよー」

 じゃあね! と手を振って、奈月は教室を出て行く。

 なんでもない日の放課後、鞄に教科書を詰めこむ市ノ瀬くんを見つけた。

「ねぇ、今日の委員会!」

「ゴメン、俺、今日も部活あっから」

「そんなこと言ってもさ、一緒に出てくれないと、私も困るんだけど」

「今日は、なにすんの?」

「……、公園の、清掃活動」

「ゴメン、後でちゃんとこの埋め合わせはすっからさ、じゃあ頼んだよ!」

 逃げるようにして、彼も教室を出て行く。またかコレか、別に期待なんかしてないから、どうでもいいけど。

 これが昨日までだったなら、私もついに腹をたてて、怒っていたかもしれない、いい加減にしてって、じゃあもう自分もサボっちゃおうかなって。

 だけど今日は、何となく一人で委員会に行けるのがうれしかった。あの背の高い、ツンツン頭の先輩の横顔が、ふっと横切る。

時間を確かめて、教室のロッカーを開けた。ほうきを取り出すと、私は教室を飛び出した。

 正門からすぐ目の前の小さな公園で、しかも隣にコンビニがあるから、そりゃここはうちの生徒のたまり場になっちゃてるよね、苦情がくるのも仕方がない。

 私がほうきを片手に到着すると、そこにはもう立木先輩と、あの先輩が来ていた。

細くスラッとしたメガネの立木先輩と、マッチョなその人が一緒に掃除をしてるのって、なんかちょっと面白い。

「すいません、遅くなりました!」

 そう言って駆け込むと、立木先輩はにこにこ笑って手を振ってくれたから、私はうれしくなって、つい近寄ってしまう。

「ゴミ、そんな思ったほどなかったですね」

「うん、先に上川が来て、掃除してくれてたからね」

そっか、この先輩は、上川先輩っていうのか、てゆーか、生徒会総務の名簿に、そんな名前あったっけ?

「俺もこの後、部活行かないといけないからさ」

 上川先輩は立ち上がると、集めたゴミを袋に入れた。

 同じ制服を着た知らない生徒数人がやって来たけど、生徒会の腕章をつけた私たちが掃除をしているところを見つけて、早々に退散していく。

「ゴミはなくなったけど、もう少し清掃活動を続けてようか」

 立木先輩がそう言うと、そこに集まったわずかな人数の総務がうなずいた。

「そっか、俺は悪いけど、先に行くね」

 上川先輩が立木先輩にゴミ袋を渡そうとしたけど、彼の手はその時、ほうきとちりとりで、ちょうどふさがれていた。

「あ、じゃあ私が持ちますよ」

「え、本当? 悪いね」

 初めて、この人としゃべった。

 袋を受け取る時、彼の指先に触れないように、そんなことが間違っても絶対に起こらないように、慎重に距離をとって、しっかりとそれを受け取る。

「ありがと」

 彼からのその言葉に、私は笑顔を返したつもりだったけど、ちゃんと笑えてたかな? 変な顔に、なってなかったかな?

 上川先輩は他の委員会メンバーにも、同じように声をかけながら公園を出て行ってしまった。

「そんなに早くから、来てたんですか?」

「あいつ、いい奴だからね」

 立木先輩にそんなことを言われても、私にはどう返していいのか分からない。
 そのまま、何もない地面をほうきで掃いた。

「小山さんも、生徒会総務は、じゃんけんで負けたタイプ?」

「えっと、まぁ」

 愛想笑いを浮かべたら、この人はやっぱり、にこっと笑顔を見せる。

「俺もね、最初はそうだったんだよ」

 この人が笑うと、そうでなくても人の良さそうな顔が、より一段と優しくなる。

「それがいつの間にか、生徒会長にとか、なっちゃったけど」

「に、似合ってると思います! 立木先輩、すっごいいい人だから!」

「えぇ? ホントに? ふふ、ありがと」

 やっぱりこの人は、いつもにこにこしてる。優しくて、いい人だ。

 そのまましばらく掃除を続けて、やがて解散となった。

 私たちは、持参した掃除道具を戻しに一旦学校へ帰る。

 校庭に戻ってふとグラウンドをみると、そこでは市ノ瀬くんが他の部員たちと一緒に、走り込みをしていた。

「ちょっと! 市ノ瀬くん、掃除サボった、この借りは大きいからね!」

 私がそう叫んだら、彼はびっくりしたみたいな顔でこっちを見て、ちょっとだけ手を振った。

「あぁ、あの子が、小山さんとペアの総務?」

「ペアって言わないでください、同じクラスなだけですから! ぜんっぜん、委員会総務に出ようとしないんですよ! 生徒会長からも、一言言ってやってください!」

 それに立木先輩は、とても困ったような顔をする。

「えっと、俺にそんな権限ないし、あんまりそういうことばっかり言ってると、生徒会活動って、ますます嫌われちゃうからなぁ」

 彼はそう言うと、ダッシュを始めた市ノ瀬くんに遠く目をやった。

「サッカー部か、まぁそれなら、何とかなるかもね」

 にこっと笑ったその先輩の笑顔が何を意味するのか、それが分かったのは、翌週になってからだった。

「お前、上川先輩に何かチクっただろ」

 珍しく、市ノ瀬くんの方から、放課後の私に声をかけてきた。

「は? 何にも言ってないし」

「じゃあなんで、上川先輩が俺に委員会出ろとか言うんだよ」

 そんなことで怒られても、私は何にも言ってない。身に覚えも全くない。

 大体、どうして市ノ瀬くんが、あの先輩のことを知ってるんだろう。

 ぐちぐちと文句を言い続ける彼を無視して、私は廊下に出た。

だけど彼は、今日は部活に飛び出して行ったりなんかしないで、そのまま大人しくついてきている。

「お! ちゃんと来たな、市ノ瀬!」

 生徒会室に入る手前の廊下で、ばったりと上川先輩に会った。

 彼は市ノ瀬くんに飛びつく。

「あぁ、いい子いい子、お前はやっぱりいい子だなぁ!」

 派手に笑いながら、嫌がる市ノ瀬くんの頭をぐしゃぐしゃにかき回す。

それがしばらく続いた後で、ようやく解放された彼は、私の隣に座った。

「あの先輩と、知り合いなの?」

「ん? あぁ、上川先輩? サッカー部の部長だよ」

 これでようやく、あの立木先輩の笑顔の謎が解けた。

「だから市ノ瀬くんも、頭が上がらないんだね」

「まぁね、それに、もうすぐ体育祭の準備が始まるから、ちゃんと出席しとけって」

 確かに、今日の定例会の出席者は、いつもより多い。

体育祭の準備となると、生徒会だけじゃ大変だから、各運動部系にもお手伝いを頼むことになっている。

「小山さんは、なに部だったっけ?」

 ふいに、市ノ瀬くんが聞いてきた。

「私? 帰宅部」

 彼はそれに関して、特に何らかの興味があったわけでもなかったようで、「ふ~ん」とだけ言って、指先でペンを回し始めた。

 話しがそこで終わってしまったことに、そんなつまらなさそうな顔をされても、私が帰宅部なのは本当なんだから、これ以上どうしようもない。

机に肘をつき、いかにも退屈そうにしている彼を無視して、私は前を向いた。