「私……したことない」

 ようやく喉の調子を整えたライラはぶっきらぼうに告げる。

「エリオットと。そもそもキスしたことない」

「は?」

 エリオットからそのような発言を聞いたスヴェンとしては、矛盾するライラの主張が理解できない。

 ライラはスヴェンの方を向くと、右側のエメラルドの瞳でスヴェンを力強く睨めつけた。

「あれは……キスといっても頬とかおでことか、そういうのだよ。言ったでしょ、彼は幼馴染みで家族なんだから。口にするのは特別なの!」

 今度こそ怒りを露わにしたライラにスヴェンは気まずい気持ちになった。対するライラは、自分で発言した内容に改めて意識してしまい羞恥で再び顔を赤らめる。

 守るようになにげなく両手で口元を覆った。

「初めてだったのに」

 くぐもった声は責めるというより、恥ずかしさが滲んでいる。さすがに謝罪の言葉を口にしようとしたスヴェンだが、それより先にライラが続けた。

「……でも、嫌じゃなかった」

 本音が意図せず漏れる。

 あまりにも突然の出来事に、気が動転して受け入れることも拒むこともできなかった。とはいえ本気で嫌ならもっと必死に抵抗しただろうし、今もこんな冷静ではいられないと分析する。

 自分の胸を覆うこの気持ちをはっきりと名付けたり、説明するのは難しい。簡単に一言で言い表せない複雑な感情がライラの中で渦巻いている。