身支度をすべて終え、ほっと一息ついたところで部屋にノック音が響いた。ライラはとっさに背筋を正す。マーシャがドアを開けると、ライラの予想通りの人物が顔を出した。

「支度はすんだか?」

「は、はい」

 椅子から立ち上がり、ライラは敬礼しそうな勢いで答えた。現れたのはスヴェンで、マントはしていないものの昨日と同じ赤と黒の団服を着ている。その表情はやはり愛想の欠片もなく冷たい。

 スヴェンはライラの元まで歩み寄ると机の上に紙とペンを置いた。

「これに署名を」

 端的な物言いに、慌ててライラは書類の内容を確認する。『結婚宣誓書』の文字が目に入った。

 この国では、定められた形式に添って作成した宣誓書に結婚する二人の名を直筆で記して、最後に国王の承認を受ければ婚姻関係が認められる。

 民衆の間では、結婚してから一ヵ月ほどこの誓約書を家の前に貼りだすのが通例だった。

「字は書けるんだろ?」

 早くしろと言わんばかりの口調。昨夜確認をされたのを思い出し、ライラはぎこちなく頷きペンを取った。用紙は国への提出用と自分たちの保管用にと二枚ある。

 ここに名前を書けば、国王がサインすれば、自分はこの男の妻となってしまう。切羽詰まったものも悲観めいたものもなにもない。所詮、別れる時も同じ手順だ。

 ただ現実味だけが湧かないままライラはペンを走らせた。自分の名前を書くのはいつぶりか、緊張しながらも丁寧に名を記す。

 ペンを受け取ったスヴェンはライラとは対照的に、なんの躊躇いもなくひと続きでさらりと自分の名を書いた。

 そして紙を待機していたマーシャに差し出す。