「あの、バルシュハイト元帥」

 ライラはぎこちなく自分の前を歩く男に声をかける。時間が遅いこともあり、声は小さかったものの静まり返った城の廊下にはよく響いた。

 目の前の男は足を止める。

「私のせいでご迷惑をおかけしてすみません。ですが本当に私と結婚を……?」

 びくびくしながらライラは尋ねた。元々大人の男性にはあまり慣れておらず、さらに愛想もなく威圧感だけは人一倍のスヴェンは、ライラにとって気後れしてしまう存在だった。

「国王陛下の命令だ」

 拍車をかけるようにスヴェンは端的に冷たく返す。再び前を向いた彼の後をライラは無言でついていった。

 案内された部屋はかなり立派なものだった。蝋燭の明かりに灯された室内は小さな天蓋つきのベッド、装飾が重厚な机と椅子。

 ファーガンの家で宛がわれた部屋よりも広く、豪華さも比較にならない。至る所に王家の紋章である双頭の鷲の銀細工が施され、異様な存在感を放っていた。

 そして、まじまじと室内を見つめ呆けているライラに声がかかる。

「字は書けるのか?」

「は、はい」

 突然のスヴェンの問いかけに慌てて答える。彼はライラの方を見ようとはしなかった。

 そこでライラの視線が窓の外へなにげなく向く。ファーガンの家で見たときよりも離れてしまったが、丸い月が遠くの夜空に浮かんでいた。