「おとなしく眠っていてくださいね」

 ユルゲンは空いている方の手に布を持ち、ゆっくりとライラの顔に近づけてきた。ライラは恐怖で顔を引きつらせながらも首を動かして拒否する。

「嫌っ、やめて!」

 しかし確実に、ユルゲンの手は自分に伸びてくる。最後は思わず目を閉じて息を止めた。

 スヴェン……。

 そのとき、なにかが壊れるような乱暴な音が空気を震わせ狭い部屋に響く。勢いよくドアが開いたとライラが認識する前に、鈍い音がして、上に乗っていた重みが消えた。

 突然の出来事に目を開けると、徐々に闇が支配しつつある部屋の入口に男がふたり立っているのが視界に入る。

「スヴェン。こんな狭いところで剣は抜くなよ」

「抜くほどでもないだろ」

 赤と黒の見慣れた制服。聞き慣れた声。スヴェンとルディガーが共に険しい顔をしている。

 スヴェンはすぐさまライラの元に寄り、膝を折ると彼女を窺い労わるように抱き起した。

「大丈夫か? 怪我は?」

 矢継ぎ早に質問されたが、ライラは呆然とするばかりだ。今、なにが起こっているのか実感がわかず、混乱で声も出ない。

「ライラ」

 名前を呼ばれ、徐々に夢ではないと悟る。余裕のない表情のスヴェンを見つめ、ライラは静かにかぶりを振った。不安から安堵へと気持ちが一気に塗り替わっていく。