ナイフを持った右手を振り上げると、続けて彼女が刃先を持っていったのは目の前に男に対してではなかった。

 左手で自分の長い髪を束ね、頭と手の間に剣を滑らせる。するとザッザッと擦れる音と共にライラの栗色の髪は束となって左手に収まった。

『他人に揺るがすことはできない確固たるものは、自分で得るしかないんだ』

 あの人が、教えてくれたから……。

 続けてライラは唯一の小さな窓に髪を持ったままの左手を伸ばし奥に突きだす。指の力を抜き手を離して、髪を外へと飛ばした。

「自分の価値は自分で作るの」

 自分に対する宣誓だった。自由に放たれた髪は風に乗るものもあるが、いくらかは重力に従いまとまって下へと落ちていく。

 誰か、誰か気づいて!……スヴェン、私はここにいるの!

「なんてことを!」

 ユルゲンは顔面蒼白でライラに詰め寄ってきた。長かったライラの髪は、今や肩先でざっくばらんな切り口が揺れている。

「とにかく、その剣を渡すんだ」

「嫌! 私はあなたのものにはならない」

 狭い部屋の中で壁に沿ってライラはユルゲンから逃げる。

「抵抗しても無駄ですよ」

 ライラは壁伝いに部屋の中を行ったり来たりするばかりだ。勝敗の見えている鬼ごっこにユルゲンはとくに慌てる様子でもない。

 むしろ面白がってライラを追い詰めるように一定の距離を保ちながら後を追う。それをどれくらい続けたのか。